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仕事帰りのサウナ室で、砂時計と自分の呼吸だけを確かめる人は少なくない。2025年の調査では、日本のサウナ利用人口が1,779万人から1,648万人へと減少したとされる(Source: 一般社団法人日本サウナ・温冷浴総合研究所, 2025)。エビデンスに支えられた健康法として語られるこの習慣は、どのような身体と、どのような支払い能力を前提にしているのか。医学研究が扱う「効果」と、サウナ文化で口にされる体験語としての「ととのう」が重ね合わせられている。その重なりに、いったん距離を置いて目を向けてみる。
サウナの健康効果として頻繁に引き合いに出されるのが、中年男性2,315人を対象としたフィンランドのKIHD研究だ。長期追跡の結果、週に複数回サウナに入る群は、週に一度程度の群より突然死リスクがおよそ6割低かったとされる。ここで示されているのは東フィンランドの中年男性に限った死亡リスクの数字で、日本の若年層や女性、高齢者、持病のある人の「ととのう」体験とは前提が異なる。それでも日本では、この結果が「誰にでも効く健康法」のように宣伝されやすい。起立性低血圧ぎみで立ちくらみしやすい人や、強い熱や光に弱い人には本来慎重さが必要だが、デトックス広告や脳波サービスが並ぶと、ととのえない感覚は自己管理の不足と受け取られやすくなる。

市場の側から見ると、ととのいをめぐる数字の意味は変わる。近年の業界調査では、利用者数が減る一方で、都市部の高価格帯サウナ施設が増えていると報告されている。予約制の個室サウナや月額制の会員制サウナには、ある程度の所得と自由時間を持つ利用者が想定される。
燃料費のかかる大浴場を減らし、サウナ室と水風呂だけを置く専業型の店は、経費を抑えつつ高めの料金を設定しやすい。回数券やサブスクの基準に合わせて通える人だけが「ちゃんとととのえている」と見なされるなら、ととのいは静かに所得による線を引く目印にもなりかねない。こうした、セルフケアを高価格の消費と自己投資に結びつける構図は、ウェルネス資本主義と呼べるかもしれない。

こうした市場の動きの背後には、健康を自己管理能力として評価するヘルシズム(健康至上主義)の視点がある。不調の理由を、長時間労働や住環境よりも本人の努力不足に結びつけて説明しやすい考え方だ。サウナで「ととのう」ことは、疲れをほぐす体験であると同時に、「ストレスを自力で調整できている」しるしとして語られることがある。高温や音に弱い身体や、時間やお金の余裕がない生活、何度試してもととのった感じが分かりにくい人は、その前提の利用者像のなかに含まれにくい。ととのいの投稿やエビデンス記事が広がるとき、誰の体調と生活を標準として想定しているのかを問い直すと、「ととのわなくてもよい」という選択肢の少なさが浮かび上がってくるかもしれない。