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電気料金の明細を開くとき、多くの場合、自分の家計の数字だけを見ている。日本は、石炭火力の廃止時期を国内で明確に決めていない国の一つだ。その裏側では、エネルギー政策や投資規制といった公的なルールが、何年先までどんなスピードで変わるかを静かに決めている。政府のエネルギー計画である第6次エネルギー基本計画では、2030年の電源構成で石炭約19%という計画値が置かれている(Source: 経済産業省「第6次エネルギー基本計画」)。
こうした法律改正やルール変更の遅さは、「日本は改正が遅いぶん慎重で、安全側に倒している」という言い方で肯定されてきた。ここでの遅さとは、石炭の廃止時期や投資ルールの見直し、新しい産業向けの枠組みづくりが他の先進国より後ろにずれ込むことだ。「慎重で安全」とは、主に電力不足や急激な雇用調整、投資損失といった短期的なショックを避けるふるまいを指す。その言葉が支えてきた物語と、石炭・投資・スタートアップの三つの領域で実際に起きていることのあいだには、すでにずれが生じている。

日本の政策判断と企業の動きを並べると、石炭、投資、スタートアップに共通する遅さが浮かぶ。石炭を含む既存の化石燃料システムを支える補助金は、2023年時点で約700億USD規模と推計され、電気料金の抑制策などを通じて家計の負担にもつながる(Source: IEA, 2023)。資本の側では、外国資本が日本に行う長期投資である対内直接投資(FDI)が、世界銀行のFDIネット流入の最新値で対GDP比0.42%と細い(Source: World Bank, 2024)。
新しいオンライン金融サービスでは、起業家がシンガポールやドバイへ拠点を移し、利用者も海外発のサービスを選ぶ場面が目立つ。生産性やデジタル競争力を比べる複数の国際調査でも、日本は「技術はあるが決断が遅い国」として下位に置かれやすい。石炭はインフラ、対内直接投資は資本、スタートアップは人と事業拠点を通じて、どれも「ルールを変えない、変えにくい」ことの結果として同じ遅さを映している。
日本の政府や監督当局の制度設計に共通しているのは、「いつ何が変わるのか」をはっきり示さないことだ。エネルギーでは、石炭火力をいつまでにやめるかを法律や制度で区切る期限を設けず、政府計画で「2030年度に石炭を電源構成の約2割にとどめる」とし、「効率化・削減に努める」といった抽象的な表現が並ぶ(Source: 経済産業省「第6次エネルギー基本計画」)。投資では、外資規制や税制の見直しが示されても具体的な発効時期や運用が遅れ、日本に拠点を置く米国・欧州企業の業界団体から予見可能性の低さが指摘されてきた。
新しいオンライン金融サービスでも、日本では税制改正やルール見直しの「検討」が長く続き、企業側は負担や許可の時期を読み取りにくい。対照的に、シンガポールやドバイの金融監督当局は、専用のライセンス制度と申請プロセスを示し、条件と審査の段階を前もって提示している。慎重さという名の時間のかけ方が、ルール変更の見通しをかえって曖昧にしている。

日本の政策決定の遅さは、「不作為の政治」としても捉えられる。あえて決めないことで現状を維持し、その間に生じるコストを社会全体に分散させる政治のあり方だ。賛否が割れる選択を先送りや微修正で済ませ、「大きなリスクを避けた慎重な対応」と語り直すことでもある。
政策を議論する審議会では、現状維持寄りの専門家が多く選出されていると批判され、あらかじめ決まった方向に沿った結論が導かれるケースが指摘されてきた。その過程で、異論が残っていても「時間をかけて議論した結果としての合意」に見える状態が生まれる。このような状態を、社会学では「製造された合意」と呼ぶ。この概念で捉えられるのは、主に審議会の構成や議論の枠組みといった政策決定プロセスだ。
不作為の政治と製造された合意が重なることで、エネルギーやデジタルの制度を変える決定は遅れやすくなる。その負担は、電気料金に含まれる補助金や、国内のルールが遅い分を海外サービスに頼る生活コストとして現れる。自分の家計の数字の裏側で、どの程度まで「変えないこと=選んだ遅さ」に同意してきたのかを測り直すことが、この物語から距離を取る一歩になる。