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ニュースがどの数字を伝え、どのリスクを報じないのか。日本では、ゴミ出しや騒音といった生活マナーの摩擦が画面に出やすい。同じ時間、ヨーロッパでは海を渡る途中で命を落とす人たちが、主に統計上の数字として取り上げられる。
「仕事と家賃」の錯視は、本来は賃金や住宅供給、市や自治体の予算の問題であるにもかかわらず、それらが移民個人の性質やマナーの問題として語られることだ。国境管理の数字、賃金データ、家賃と自治体予算という三つの場面で、どの指標だけが前面に出ているのかを見ていく。

移動の危険をどう測るかを見ると、取り締まる側と移動する側で基準が異なる。欧州の国境機関の統計では、中央地中海ルートで正規ルート以外の越境の検知件数は、2024年に2023年比で約59%減少したとされる。(Source: Frontex)一方、同じ期間の到着者数と死亡・行方不明者数を組み合わせると、中央地中海では到着者一人あたりの致死率が約2.6%まで上昇している。(Source: UNHCR, IOM Missing Migrants Project)
これは到着者数を分母にしたおおまかな近似値だが、背景要因の一つに、移民の監視や送還を第三国に委ねる「国境管理の外部化」があるとされる。国境管理の成果として検知減少だけが語られ、誰がどこで危険にさらされているかというリスクの配分の問題は背景に退きやすい。この見え方の偏りが、最初の錯視になっている。
賃金をめぐる摩擦でも、数字と感覚のずれが生じている。複数の賃金研究をまとめて平均的な傾向を測るメタ分析では、移民の労働力が1%増えたとき、自国民の賃金は平均で−0.004%しか下がらないとされる。(Source: Nedoncelle)条件によって影響がやや大きい例もあるが、多くの場合は最低賃金の改定や物価変動に比べれば桁違いに小さい。
むしろ大きな賃金格差は、移民が低賃金の職種や事業所に割り当てられやすいという配分から生じており、同じ職場・同じ職種の中での賃金差はその一部にとどまると報告されている。こうした賃金への影響の小ささや配分の構造は、ニュースや日常会話で十分に共有されているとは言い難く、「自分たちの給料が下がるのでは」という不安の方が前に出やすい。平均的な数字は背景に退き、「仕事を奪われる」という構図が目立ちやすくなる。

住宅と自治体の予算を見ると、摩擦の主語が変わる。欧州の住宅統計では、新規の住宅供給が金利や建設費の高止まりによって減少し、もともと少ない低家賃帯の部屋に、新しく来た人と既存の住民の需要が重なりやすくなっている。(Source: Eurostat)
そのうえで、ベルリンでは難民や庇護申請者をホテルに泊める費用がここ数年で大きく膨らみ、その分を文化や教育などの予算を削って埋めていると報告される。(Source: Remix News, Statista)図書館事業の縮小や学校のサービス低下と受け入れ費用が結びつけられると、「移民は市の台所を圧迫するコストだ」という感覚が強まりやすい。
日本でゴミ出しや騒音が象徴として取り上げられる少なくない場面でも、本来は住宅供給やゴミ収集のルール、市や自治体の予算配分の問題として扱うべきことが、個々の移民のマナーや性格の問題として語られがちだ。誰をどこに住まわせ、どの地域にどこまでの負担を当然とみなすかという線引きが、移民問題の見え方を左右する。その線に沿って、「仕事」と「家賃」をめぐる不安や不満も、移民そのものの性質として語られやすくなる。